ガラス転移温度Tgとは 光学樹脂の耐熱性を見極める指標
ガラス転移温度(Tg)は、光学樹脂の耐熱設計において最も基本的かつ重要な指標のひとつです。スマートフォンカメラ、車載光学系、HUDなど発熱環境下の用途では、Tgを超えると寸法精度や光学性能が一気に劣化します。この記事では、Tgの物理的な意味からHDT・連続使用温度・融点との違い、主要樹脂の比較、JIS規格による測定法、設計上の判断基準までを光学設計者・材料調達者向けに整理します。
📌 3行でわかる要約
- Tgは非晶性樹脂が ガラス状態からゴム状態に変わる境目 の温度。素材固有の物性
- Tg・HDT・連続使用温度・融点は すべて異なる概念。混同すると設計を間違える
- 光学樹脂のTgは概ね PS 約100℃、PMMA 約105〜110℃、PC 約145〜150℃、COP 123〜156℃、ユピゼータ®EP 140〜145℃
ガラス転移温度(Tg)とは
ガラス状とゴム状の境目

ガラス転移温度(Tg)とは、非晶性高分子が ガラス状態(硬くて脆い)から ゴム状態(柔らかく弾力性がある)に変化する温度です。低温では分子鎖の運動性が低く、固体として振る舞いますが、Tgを超えると分子鎖が自由に動けるようになり、ゴム状の柔軟な挙動に変わります。
Tgを境に、熱膨張係数・比熱・弾性率・誘電率といった物性が不連続に変化します。光学樹脂では、Tg付近で寸法・複屈折・透明性などが大きく変動するため、実用温度をTgから十分下に取ることが設計の鉄則です。
非晶性樹脂と結晶性樹脂
樹脂は分子構造の規則性により 結晶性樹脂(PE、PP、PA、PETなど)と 非晶性樹脂(PS、PMMA、PC、PEI、COPなど)に分かれます。結晶性樹脂は明確な融点(Tm)を持つ一方、非晶性樹脂は融点を持たず、Tgが事実上の耐熱性指標となります。光学樹脂は透明性を確保するため、ほとんどが非晶性樹脂です。
TgとHDT・連続使用温度・融点の違い

「耐熱性」と一言で言っても、業界で使われる指標は複数あります。意味を取り違えると設計を誤るため、明確に区別する必要があります。
| 指標 | 意味 | 評価条件 | 用途 |
|---|---|---|---|
| Tg(ガラス転移温度) | ガラス状→ゴム状への転移点 | 無荷重、DSC測定 | 素材固有物性、設計上限の根拠 |
| Tm(融点) | 結晶が溶融する温度 | DSC測定 | 結晶性樹脂のみ存在 |
| HDT(荷重たわみ温度) | 規定荷重下で一定たわみに至る温度 | 0.45 / 1.80 MPa荷重 | 構造強度寄りの耐熱指標 |
| 連続使用温度(RTI) | 長期使用に耐える最高温度 | UL746Bによる長期評価 | 寿命・劣化を含む実用判定 |
Tgは無荷重下での素材固有の性質であり、荷重がかかった条件での変形を表すHDTとは役割が異なります。連続使用温度は熱酸化劣化や物性低下も加味した長期評価であり、Tgよりかなり低く設定されるのが一般的です。
光学設計の現場では、使用温度が Tg − 40〜50℃ 以下に収まるように材料を選定するのが安全マージンの目安です。
主要光学樹脂のTg比較

代表的な光学樹脂・透明樹脂のTg目安です。同じ樹脂でもグレード・コモノマー・添加剤によって幅があるため、設計時には必ず使用グレードのTDSを参照してください。
| 樹脂 | Tg目安(℃) | 分類 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| PS(ポリスチレン) | 約 100 | 非晶性 | 一般透明部品 |
| PMMA(標準) | 約 105〜110 | 非晶性 | 導光板、レンズ |
| PMMA(高耐熱) | 約 123〜131 | 非晶性 | 車載部品 |
| PC(ポリカーボネート) | 約 145〜150 | 非晶性 | スマホレンズ、光ディスク |
| COP / COC | 約 123〜156(グレード依存) | 非晶性 | ピックアップレンズ、医療容器 |
| PET(非晶部) | 約 70 | 半結晶 | フィルム |
出典:各社TDS
光学樹脂を選ぶ際は、屈折率・アッベ数・複屈折に加え、Tgを早期に絞り込む条件として活用するのが定石です。
JIS K 7121 と DSC によるTg測定
JIS K 7121:2012 の位置づけ
樹脂のTgは JIS K 7121:2012(プラスチックの転移温度測定方法、ISO 3146対応)で標準化されています。融解温度(Tm)、結晶化温度、ガラス転移温度の3つを同じ枠組みで規定する規格です。
DSC法による測定
測定には主に DSC(示差走査熱量測定) が用いられます。試料と基準物質を一定速度で昇温し、両者の熱量差を記録することで、Tg付近のベースラインのずれを検出します。標準的な昇温速度は毎分10℃または20℃です。
JIS K 7121 では、Tgの決定方法として以下の3つの温度を定義しています。
- 補外ガラス転移開始温度(Tig):ガラス状のベースラインからずれ始める温度
- 中間点ガラス転移温度(Tmg):転移領域の中点温度
- 補外ガラス転移終了温度(Teg):ゴム状のベースラインに移行する温度
文献やTDSで「Tg = ○○℃」と記載される場合、Tmgが採用されていることが一般的です。試料の前処理(熱履歴の消去)や昇温速度によって測定値がずれるため、比較するときは測定条件を揃えるのが原則です。
Tg近傍で起きる現象
実用温度がTgに近づくと、複数の不具合が同時に進行します。
寸法・形状の不安定化
Tg近傍では分子運動が活発化し、応力緩和によって嵌合部の固定力が低下したり、残留応力の解放による予期せぬ反り・変形が発生します。光学レンズでは焦点距離のドリフトや収差の悪化として現れます。
光学性能の劣化
光学樹脂はTg近傍で屈折率・複屈折が変動するため、画像のにじみ、色シフト、コントラスト低下が起きます。スマートフォンカメラやARグラスのように発熱源近傍に置かれる用途では、わずか数℃の上昇で性能が出にくくなることもあります。
機械物性の急変
弾性率がTgを境に数桁低下するため、衝撃強度や剛性が大幅に変化します。動的機械分析(DMA)でTgを評価すると、貯蔵弾性率の急降下とtanδのピークとしてはっきり観察されます。
設計上の安全マージン
これらの現象を避けるため、光学・精密用途では使用温度を Tg − 40〜50℃以下に収めるのが実務的なガイドラインです。さらに長期信頼性が必要な車載・医療用途では、連続使用温度(RTI)も併せて確認することが推奨されます。
ユピゼータ®EPの高Tg設計
主要グレードの多くで Tg 140〜145℃
三菱ガス化学の光学樹脂「ユピゼータ®EP」は、主要グレードの多くで Tg 140〜145℃という高い水準を確保した光学樹脂です(ユピゼータ®EP公式 製品ページ)。一般PMMAより20〜40℃高く、汎用PCと同等以上のTgを持つ点が、車載・近接発熱源向けの光学設計でアドバンテージとなります。
▼代表グレード(抜粋)
| グレード | 屈折率(nd) | アッベ数(νd) | Tg (℃) |
|---|---|---|---|
| EP-4500 | 1.616 | 25.8 | 145 |
| EP-5000 | 1.636 | 23.9 | 145 |
| EP-6000 | 1.640 | 23.5 | 145 |
| EP-8000 | 1.661 | 20.4 | 140 |
| EP-9000 | 1.671 | 19.2 | 140 |
※ 測定値であり規格値ではありません。
高屈折率・低複屈折・高Tgを両立
高屈折率を狙うと一般にTgが下がりやすい傾向がある中で、ユピゼータ®EPは屈折率1.616〜1.671のレンジを保ちながら代表グレードは Tg 140〜145℃。用途に応じて Tg 156℃のEP-7500や、Tg 260〜280℃のリフロー対応材も展開。また、高Tg材として開発したEP-7500はTg156℃で、環境試験での寸法安定性に優れています。さらに独自の分子設計で低複屈折も実現しており、スマートフォンカメラ・車載光学系・HUD・ARグラスといった「高解像度+高温環境」の組み合わせを要求される用途を意識した設計です。
耐熱性を極限まで高めたリフロー耐熱材も開発
三菱ガス化学の光学樹脂「ユピゼータ®EP」は、Tg 260〜280℃というリフロー工程にも対応可能な材料も開発しています。センサーや光通信用途での需要が高まっており、組み立て工数削減が期待されます。
まとめ
ガラス転移温度(Tg)は、光学樹脂の耐熱設計を考えるうえでの基本指標です。HDT・連続使用温度・融点とは別概念であり、それぞれを正しく区別して扱うことが設計品質を左右します。光学樹脂を選ぶ際は、屈折率・アッベ数・複屈折とあわせてTgを早期にスクリーニングし、使用温度に対して十分なマージンを確保することが、長期信頼性と光学性能の両立につながります。
ユピゼータ®EPについて
ユピゼータ®EPは三菱ガス化学が開発した光学樹脂で、屈折率1.616〜1.671、アッベ数19.2〜25.8、Tg 140〜145℃のグレードを揃えています。さらに、高Tg材も開発しており、お客様の要望に合わせてTgの調整も可能です。
独自分子設計による低複屈折と高屈折率の両立も特長です。詳細な物性データやサンプル提供のご相談は、公式サイトのお問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。