線膨張係数CTEとは 光学樹脂の熱膨張と寸法設計
線膨張係数(CTE)は、温度変化に対する材料の寸法変化を表す指標です。光学樹脂は金属やガラスに比べて線膨張係数が数倍〜十数倍大きく、温度変動下でレンズの焦点距離がずれたり、ガラスや金属とのハイブリッド構造で熱応力が発生したりと、光学設計の精度を直接左右します。この記事では、線膨張係数の定義から樹脂と金属・ガラスの比較、JIS規格に基づく測定法、光学設計における実害と対策まで、光学設計者・材料調達者向けに整理します。
📌 3行でわかる要約
- 線膨張係数は ΔL = L × α × ΔT で寸法変化を計算する係数。単位は ×10⁻⁶/℃ または ppm/K
- 主要光学樹脂は概ね PC 70〜80、PMMA 50〜90、COP/COC 60〜70 × 10⁻⁶/℃。ガラスや金属の3〜10倍
- レンズ単体では焦点距離ドリフトを、ハイブリッド構造では熱応力・複屈折・剥離を引き起こす設計の急所
線膨張係数(CTE)とは
温度1℃あたりの寸法変化率

線膨張係数(Coefficient of Thermal Expansion、CTE)は、材料の温度を1℃上げたときに、元の長さに対してどれだけ寸法が変化するかを表す係数です。記号は α、単位は /℃、/K、または ppm/K(10⁻⁶/K)で表現されます。
温度変化に伴う長さの変化量 ΔL は、次の式で計算できます。
ΔL = L₀ × α × ΔT
ここで L₀ は初期長さ、α は線膨張係数、ΔT は温度変化です。たとえば線膨張係数 α = 70 × 10⁻⁶/℃ の樹脂で、長さ 100 mm の部品が 20℃ → 60℃(ΔT = 40℃)に温められた場合、ΔL = 0.28 mm の寸法変化が生じます。
体積膨張率との関係
体積膨張率は線膨張係数のおよそ3倍に相当します。光学レンズや精密部品の評価では、設計の起点として線膨張係数で議論することが一般的です。
樹脂の線膨張係数は金属やガラスの何倍か

主要素材の線膨張係数を一覧化すると、樹脂と無機材料の差が一目でわかります。
| 素材 | 線膨張係数(×10⁻⁶/℃) | 区分 |
|---|---|---|
| 石英ガラス(シリカ) | 約 0.5 | 無機・ガラス |
| ホウケイ酸ガラス | 約 3〜5 | 無機・ガラス |
| ソーダライムガラス | 約 8〜9 | 無機・ガラス |
| 銅(Cu) | 16.6 | 金属 |
| ステンレス SUS304 | 17.3 | 金属 |
| アルミニウム(Al) | 23.6 | 金属 |
| PEEK | 40〜47 | エンプラ |
| PMMA(アクリル) | 50〜90 | 非晶性樹脂 |
| PC(ポリカーボネート) | 70〜80 | 非晶性樹脂 |
| PA6(ナイロン6) | 72 | 結晶性樹脂 |
| PP(ポリプロピレン) | 110〜120 | 結晶性樹脂 |
| PE(ポリエチレン) | 130〜150 | 結晶性樹脂 |
出典:各種ガラス・金属ハンドブック
樹脂は 金属の3〜10倍、光学ガラスの10倍以上 という大きな線膨張係数を持ちます。これは樹脂が分子間力の弱い高分子で構成されており、温度上昇に対して分子鎖の振動が活発化しやすいためです。
光学樹脂として広く使われるPC、PMMA、COP/COCはいずれも 50〜90 × 10⁻⁶/℃ のレンジに収まり、無機光学材料との混在設計では必ず考慮しなければならない物性です。
JIS K 7197 と TMA による測定
JIS K 7197:2012 の概要
樹脂の線膨張係数は JIS K 7197:2012(プラスチックの熱機械分析による線膨張率試験方法) で標準化されています。国際的には ASTM D696、ISO 11359 が対応規格です。
TMA(熱機械分析)による測定
線膨張係数は TMA(Thermomechanical Analyzer、熱機械分析装置) で精密に測定されます。試料に微小な荷重(圧縮または引張)をかけながら温度を変化させ、寸法変化を計測する手法です。
JIS K 7197:1991 ベースの標準試験片寸法は、長さ約 10 mm、直径または一辺約 5 mm の円柱または角柱で、平行端面は ±0.025 mm 以内の精度に仕上げます。
Tg を境に挙動が変わる
ガラス状態(T < Tg)とゴム状態(T > Tg)で線膨張係数が大きく変わるため、TDS では Tg より低い温度範囲と高い温度範囲で別々の値が示されることがあります。光学樹脂は使用温度域がTg以下にあるため、原則として ガラス状態側の線膨張係数 を用いて設計します。
光学設計における線膨張係数の影響
光学樹脂の線膨張係数の大きさは、複数の経路で光学性能に影響を与えます。
焦点距離のドリフト
レンズの厚みと曲率半径が温度変化で変動すると、焦点距離もシフトします。さらに屈折率の温度依存性(dn/dT)も同時に作用するため、寸法変化と光学定数変化の合成として性能が変動します。フッ化物系ガラスでは dn/dT と線膨張係数の両方が大きく、補償設計が困難になることが知られています(応用物理学会 光学設計記事)。
ハイブリッド構造での熱応力

光学樹脂は単独で使われることは少なく、ガラス基板、金属マウント、フレキシブル回路などと組み合わせて光学モジュールを構成します。線膨張係数が異なる材料を接合すると、温度変化に応じて界面に 熱応力 が発生し、剥離・クラック・接着不良・残留応力による複屈折が引き起こされます。
寸法精度・嵌合公差への影響
カメラモジュール、光ピックアップ、レーザーマウントなどでは、μm 単位の位置精度が要求されます。線膨張係数が大きい樹脂を使う場合、温度変動範囲全域で公差を満たすには、設計段階で熱変動量を見込んだ寸法設定が必要です。樹脂は金属の3〜10倍膨張するため、ぴったりに作っても熱でガタつく、あるいは押し合って変形するといった現象が起こります。
異種材料併用時の対策
熱応力・寸法ずれの対策として、次のアプローチが知られています。
- 線膨張係数の近い材料同士を組み合わせる
- 弾性接着剤や熱応力緩和層を介在させる
- 設計段階で寸法・公差に熱マージンを織り込む
- アニール処理で残留応力を低減する
- 低吸水率の樹脂を選び、湿度膨張との複合を抑える
線膨張係数を抑えるアプローチ
樹脂単体での低CTE化
光学樹脂の中でも、線膨張係数を抑える設計が進んでいます。エンプラ系(PEEK、PEI、PPS)は分子鎖の剛直性が高いため線膨張係数が比較的小さく、PEEKでは 40〜47 × 10⁻⁶/℃ 程度となります。一方、これらは透明性に劣るため、光学用途では透明性とのバランスを取った設計が必要です。
フィラー充填による低CTE化
ガラス繊維、ガラスビーズ、ナノクレイなどの無機フィラーを添加すると、線膨張係数を大きく下げられます。ただしフィラーは光散乱を生じさせるため、透明光学用途では使用が制限されます。透明性が要求されない光学モジュールの周辺部品(ホルダー、フレーム)で活用されます。
光学設計で熱補償を組み込む
熱補償設計(thermal compensation)は、光学系全体で線膨張と dn/dT を打ち消すように設計するアプローチです。複数のレンズ・スペーサ・マウントを組み合わせ、温度変化に対して像位置を安定させます。樹脂レンズと金属マウントの組み合わせでは、マウントのテーパー形状や材質を工夫して熱変形をキャンセルする手法が広く使われています。
ユピゼータ®EPの寸法安定性
高Tg × 高屈折率で寸法安定性を確保
三菱ガス化学の光学樹脂「ユピゼータ®EP」は、主要グレードでTg 140〜145℃という高い水準を確保しています。線膨張係数はTgより十分低い温度域では小さい値を維持し、使用温度域での寸法安定性に寄与します。高Tg材では、より広い温度域で寸法安定性を担保することが可能です。
▼代表グレード(抜粋)
| グレード | 屈折率(nd) | アッベ数(νd) | Tg (℃) |
|---|---|---|---|
| EP-4500 | 1.616 | 25.8 | 145 |
| EP-5000 | 1.636 | 23.9 | 145 |
| EP-6000 | 1.640 | 23.5 | 145 |
| EP-8000 | 1.661 | 20.4 | 140 |
| EP-9000 | 1.671 | 19.2 | 140 |
※ 測定値であり規格値ではありません。
発熱環境下の光学設計に向く特性
スマートフォンカメラのCMOSセンサー近傍、車載HUDのウィンドシールド付近、ARグラスのプロジェクターブロックなど、近年の光学用途は発熱源との距離が近く、温度変動が大きい設計条件が増えています。Tg 140〜145℃という耐熱性と低複屈折性を両立するユピゼータ®EPは、こうした熱負荷の大きい光学モジュールにおいて寸法精度と光学性能の両立を狙える素材です。
まとめ
線膨張係数は、光学樹脂の寸法精度を左右する基本物性です。樹脂は金属・ガラスの数倍〜十数倍の膨張率を持つため、レンズ単体での焦点距離変動だけでなく、ハイブリッド構造での熱応力管理、嵌合公差の設計など、複数の経路で光学性能に影響します。JIS K 7197 に基づくTMA測定で素材を比較し、Tg と dn/dT を含めた総合判断で材料選定を行うことが、安定した光学設計の起点となります。
ユピゼータ®EPについて
ユピゼータ®EPは三菱ガス化学が開発した光学樹脂で、屈折率1.616〜1.671、アッベ数19.2〜25.8、Tg 140〜145℃という幅広い光学・熱物性レンジを揃えるグレード展開が特長です。
独自分子設計による低複屈折と高Tgで、発熱環境下の光学モジュール設計に向きます。詳細な物性データやサンプル提供のご相談は、公式サイトのお問い合わせフォームよりお気軽にどうぞ。